水(H20)の上を歩く奇跡:雪の上を自由散歩・シミワタリ
エッセイ
シミワタリ(凍み渡り・染み渡り)は朝のワクワクする感動散歩である。
2月22日(月)は大変素晴らし天気になった。この季節にとても小さな喜びがやってくる。心ワクワクしながら朝の散歩に出かける。雪の上にそっと足を乗せてみる。・・・・オオオ:ヤッター!シミワタリ(凍み渡り)が出来る。このときの喜びは格別である。
“水は方円の器に従う!”とは良くぞ言ったものである。形は自由に変わるが、体積は一定である。水だけでなく一般的には方円の器に従うものを気体と液体といっているのかもしれないが。
人々の心も様々な器の中で順応していく能力を持っている。液体とまでいえないが、半液体・ゼリー状態と言っていいかも知れない。決して頑固な固体ではなさそうである。
水分子は一個の酸素原子と二個の水素分子が結合して形成されている。 水から温度を奪うと氷が出来る。私の専門外であるが酸素と水素の結合の仕方が違ってくるという。液体から固体へ!反対に水に温度を加えると蒸気になる。液体から気体になるのである。 液体をジャンプして直接気体になるドライアイスのように昇華するものもあるが、水の様に多くの物質は「固体―液体―気体」へと順序良く変化する。水であればアルキメデスの原理のように浮力がバランスするまで沈む。しかし、厚氷の上であれば人々は歩くことが出来る。スケートは現在バンクーバーオリンピックで華を咲かせている。氷の上では様々に楽しむことが出来る。氷は水と同じ分子を持つ:水の上を滑っていると言ってもいいものだろうか?散歩しながら考えていると、今朝は雪の上を歩いているではないか。そう、雪の降った冬の楽しみの一つにシミワタリ(凍み渡り)がある。シミワタリの感動は何と言っても自由散歩である。同じH2Oの分子を持ちながら、水は雪になり、雪が凍み固まり、人が乗ってもその体重に耐えてくれる。
普段は道・路と言う上を歩きながら散歩するわけだからかなりの制限が加えられていることになる。しかし、シミワタリが出来るようになると道路に制限されること無く雪の上を自由にジグザグにでも行くことが出来る。行動範囲がかなり広がり景色が変わってくる。田圃に積もった雪の上、土手の水際・鴨たちがびっくりして逃げるまで近づき自由に歩き回ることが出来るのである。この朝に出会った鴨たちは以後私を奇跡の人と呼ぶかもしれない?
シミワタリの醍醐味は自由移動である。宇宙飛行士が重力から開放されて空中遊泳するに匹敵するといっても過言ではない。それぐらいに雪国人の生活は雪によって制限を加えられていることになる。シミワタリ(凍み渡り)が出来るのは晴れた朝である。2月末から3月にはいると気候は段々暖かくなり日中は雪が融け始める。しかし夜になると温度が下がり、急激な冷え込みで再び固く凍りつく。これが、シミワタリ(凍み渡り)の出来る原理だ:しかし今冬、昨年の12月28日、12月にしては珍しくシミワタリが出来たのである。暖冬の証拠だとばかり思っておったが、その後それなりの量の雪を見ることになるが。
忍者が水上を歩くことが出来るのはカンジキみたいなものを着け足裏の表面積を多くしてその浮力を利用しているものである。
バイブルに水の上を歩かれたイエスが描かれている。それを見た弟子達は大変な驚愕を覚える。幽霊ではないかと勘違いするくらいであった。船の中にいた弟子のペテロは自分も水上を歩くことを乞うのである。そしてイエスのほうまで水上を歩いていくのであるが、途中で水の上であると意識した途端に水に沈んでしまう情景は私達に多くの示唆をしてくれている。
シミワタリ(凍み渡り)が出来る朝でも雪の上を歩くことは出来ないと既成概念で思い込んでいる人は道路の上を歩くことしか思考経路が無いのである。私が歩けるよと言って教えてやると漸くその喜びを共有することが出来るのである。 これからの朝の散歩は、まず、雪の上に足を乗せてみることから始まるのはシミワタリ(凍み渡り)が出来るかどうかを最初に確認する。散歩の途中や最後に分かった時には失った喜びの大きさに愕然とすることになるから。(ちょっとオーバーかな?)
同じ分子記号で出来ているのであるから、私も水の上を歩いたことになる???? 同じ分子を持ちながら音熱環境が変わると液体から固体になる。又反対に気体になる。同じ固体でも雪と氷では表情・様子が全然違う。シミワタリ(凍み渡り)は単なるシミワタリ(凍み渡り)では無く、私達の身の回りにはちょっとした仕組み、システムを変えるだけで大化けすることがあることも示唆してくれている。
持っていないものを嘆くな!持っているものを感謝してそれを組み立てていくことで新たな風景を見ることができるということでもある。 ナイナイ条件を嘆くのではなく、アルアル条件で新しい環境を生むことが出来る。今現在は大変厳しい年でもあるが、同じ環境下でも新しい発想で組み立て新しい生命を生むことが出来るのである。そのためにも可能性を信じて挑戦する思いを持って掛かる必要がある。思うことで行動が変わり、繰り返されて習慣になると言われている。習慣が繰り返されるとその人の品格が生まれてくると言われ、その品格がまさのその人の人生そのものであるから。同じ水滴でもある距離ある角度から見ることでより美しい虹が架かる事を私達は充分経験している。単なる水滴にしておくか大きな希望を持った虹にするかは、それを観る人の意識に影響される。同じ食材を使っても料理人によって出来具合は全く変わる。そんな料理の鉄人は人気番組であった。
・ 素材でも環境が変わると変化・変形するのである。我々は同じ環境条件下で見方・考え方が変わると完成形が変わるのである。この時代に、この時代だからこそ大いに知恵を働かせて様々なアイディアを生み出して行きたいものである。
シミワタリは雪の上を凍み渡り、染み渡りでもある。五臓六腑にシミワタルのは何もビールだけではない。凍み渡りを作る空気こそ五臓六腑に染み渡るのであるから。
体重を支えるシミワタル雪 私は水の上、いや雪の上を歩いている 若棟梁が走っても大丈夫
普段と違う田圃の上から東山を観る 高圧送電線の真下まで来てしまった 太田川の川面まで接近することが出来た
足跡の比較 雪の上を歩いていると気がついた時:ドボン