ことばの小窓「肩書が育む役処:啐啄(ソクタク)同時」
Vision
すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所
* 光陰矢の如し!お陰様で建築事務所を創業して昨年は「40+1年目のとし」40周年を迎えた。
・ そして今ではバトン渡しの儀式はすでに終わっている。社外的には今年の6月1日をもって社長交代をすることにした。
・ 今まで企画専務役の息子に社長役のバトンは渡された。
・ そして、私は社長から会長に!
・ 役割はそれほど明確には区分されないままに!
・ 社長と会長の違いは?と問う。答えは来ない。
・ 会社の文字を分析すると「会+社」の漢字二文字から成り立っている。
・ そして、その夫々の文字に長を組みあわせると会長であり社長だと気が付いた。
・ 会長でお仕舞と思っていたら?
・ 「株式会社=株+式+会+社」であるから4文字に長を組み合わせてみたら「社長・会長・式長・株長」になるのである???
・ なんて考えている暇人がいることに気が付いた。
・ 独り言!
* 20170601付で取引業者さんには社長交代のご挨拶を出させていただいた。築縁様にはスマイル通信夏号にてご挨拶させていただきたく準備中である。
・ 私は改めて代表取締役会長の任を果たさなければならない決意をしているところである。
・ するといろいろの方からご挨拶を頂くこととなった。お花・メールに電報・電話が届いたことにびっくり!
・ アポの有無は別にして直接ご挨拶にお出でいただき恐縮な気持ちと感謝に堪えない次第である。
・ 人の振り見て我が振り直せ!も経験した。自分はそのようなお手紙頂いても今までは特に何かをした覚えがないからだ。いけませんでしたね。
・ それにしてもまだまだ会長と言う名前に慣れません。事実ここのところ社長と言われて新社長と一緒に返事することが何度かあったからである。
・ またそわそわ感があり皆様からはご寛容のほどを!
* 世の中では一般的に「役職・肩書が人をつくる」と言う。
・ もちろん役職・肩書が何かをしてくれることでは無いのだが。
・ しかし、その役職・肩書に置かれた人の意識・行動等を変えることも多々あったのだろう。
・ 役職・肩書には責任が伴い努力を積み重ねるようになっていく。つまり、責任感を持たせる仕事が人を成長させるといっていいかもしれない。
・ やがて受け身型から能動型に変心・変身して良き仕事をすることを繰り返せば結果としてその人を成長させることになるからだ。
・ ソクタク同時という禅宗の言葉を思い出す。たまごから孵ろうとするひなは内側から殻を叩き、親鳥は外側から叩く。それを「啐啄(ソクタク)同時」と言う。そしてヒナが殻から生まれ出てくる。
・ 役職・肩書と仕事との関係は「啐啄(ソクタク)同時」と言っていいのだろう。
* エピソード!
・ 高校卒業したらすぐに材木店を継ぐことを計画していた親父は大学進学反対派の急先鋒でもあった。(町内でも当時大学に行った長男が自営をしているにも拘らず実家に帰って来ないのである:現在では当たり前でも当時はショッキングニュースでもあったのだろう)
・ 親父がようやく大学へ行くことを了解してくれた時の条件が大学を卒業したら帰ってきて家業を継ぐことであった。誠実な私(?)は卒業後2年間修業して帰還した。
・ 材木店を継ぐべく長岡に帰ってきたときには肩書も何もない。皆からの呼び名は小さいときから呼ばれていた「太郎」であった。そして何の違和感もなかった。
・ やがて建築事務所の仕事も忙しくなったので3年目に今度副会長になった弟の勉を呼び寄せた。呼び名は兄弟だから小さいときからの呼び名そのものだった。タロー・ツト(ツトム)であった。
・ 長い間そのように呼んでいたが、ある時、取引先の某建設会社の先輩専務が苦言を呈した。
・ 悪いけど:タロー・ツトと呼び合うのはやめてくれないかな!と真顔であった。
・ その方の名前が勉であった。ツトと言われると自分の名前を呼び捨てにされているようでいい感じではない。と言うのである。
・ それから親父を社長職にお願いしていたから専務・常務と呼び合うことになった。
・ 自分自身も専務と言われたときに意識が変わったことを覚えている。
・ そしてやがて親父から社長交代と言われたらプレッシャーがかかったことを想い出す。
・ 建築事務所の創業は私だから、もともと社長なのだが、なぜか居心地が悪く。長い間受け取らなかった。勉常務に社長の打診をするが一蹴された。
・ しかし、周りから社長と呼ばれて意識が大きく変わったような気がする。同じ仕事をしているにもかかわらずである。
・ 名は体を表す!とも似ているかもしれない。